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2013年07月01日 (月) | 編集 |
訪問日:2013年4月, 2015年11月

彦根城は滋賀県彦根市にあるお城です。このブログはマニアックな城を取り上げることが多いなぁ。。。との声を受け今回は説明不要なくらい超有名な城を取り上げながらも,やはりマニアックな解説を試みることにしました。
何故,そんなに有名なの?しかも,日本で現存天守が残っているのは12城,且つその中で国宝に指定されているお城は5城(松本城犬山城彦根城姫路城松江城)。さらに彦根城はこの他にも5つの重要文化財を有するという。即ち,国宝や文化財という観点からすると余裕でBest3に入っているかもしれないと言えるお城なんです。そこで国特別史跡に指定され,もちろん日本100名城にも選定されています。
さらに,これまた歴史的に超有名人である井伊直弼を輩出した井伊氏のお城であります。この井伊氏は歴史を遡れば,徳川四天王の井伊直政に行きつきます。
関ヶ原の戦いの後,直政は元からあった佐和山城から拠点を移動するという構想に着手していきますが,彦根城の完成は直政の息子の代になります。長男の井伊直勝は病弱でショートリリーフであったため,実質的には次男である井伊直孝の時代に完成したと言えるでしょう。
名城の彦根城は,何となく雰囲気を楽しむにも良いお城ですが,よほどの歴史・お城好きでも無い限り,そもそも言っている意味がわからんとかで,素晴らしさの全容を捉えきれず,案外見過ごしていることも多かったりします。
そこで,お城好きはこんな感じで見ていますということで。

彦根城/大手門橋  彦根城/大手枡形
【左】大手口にかかる橋と内堀の様子です。
【右】大手口は枡形により防御される仕組みとなっています。橋を渡って左に曲がったところに大手門がありました。

彦根城/現地パンフレット  彦根城/大手登城道
【左】現地で入手可能なパンフレットからの抜粋です。が二重にあります。
まずは内堀の内側にあたる中心部から見ていくことにしましょう。
【右】入場料を払った後の登城道。結構急な階段ですよ。
上方に見えるのは天秤櫓で,右上方が鐘の丸になります。石垣の前を右にそれると,見どころの一つである,登り石垣を見ることが来ます。

彦根城/鐘の丸竪堀  彦根城/鐘の丸 登石垣
【左】これが鐘の丸側から下に向かって伸びている,竪堀と(右側窪み)登り石垣(左側奥)なのです。
両方とも斜面における敵の横移動を防ぐ防御施設です。
特に山上から山麓まで縦に石塁を走らせた登り石垣は限られた城でしか見ることのできない貴重な遺構です。
彦根城はこの登り石垣が多くあることでも有名です。
【右】もう少し,登り石垣に近づいてみました。

彦根城/屈曲する石垣  彦根城/天秤櫓
【左】元に戻って屈曲した通路を登ります。
【右】最初にあらわれるのは重要文化財である天秤櫓
長浜城の大手門を移築したとも伝わります。鐘の丸との間に横たわる深い堀切を落とし橋で繋ぎ,この櫓で防御するという構造です。
石垣の積み方が橋の左右で全く異なるというのが写真でも見てとれます。
右(東側)は自然石を使用した野面積みの一種,左(西側)は加工石を使用した打ち込みハギの一種となっています。

彦根城/佐和山城遠景  彦根城/太鼓櫓
【左】天秤櫓内部から見た佐和山城
【右】次に現れるのが.重要文化財の太鼓門櫓
どこかのお城から移築されたものだそうですが,どこのお城にあったかはわかっていないという。

彦根城/天守西面  彦根城/天守北面


 彦根城/天守石垣

【左】遂に出ました国宝!三重三階の天守。小振りながら望楼型という古風な出で立ちに,変化に富んだ装飾。
【右上】東西面と南北面では印象が違いますね。こちら側も風や華頭窓を多用し飽きの来ないデザイン。
ここまで飾りの密度が高い天守は他に無いといっても過言でありません。
流石に数多の城好きが魅了されてきた天守です。
【右下】石垣は自然石を利用した野面積みの一種である,牛蒡積みと呼ばれる技法が使われています。

彦根城/天守内部  彦根城/西ノ丸三重櫓
【左】天守内部。現存天守ではここに限らず大体この急で狭い階段ですね。攻めにくくという意味では正解。
しかし,ここまで敵に攻められたら普通は負け。現代ではスカートで来訪した女性がキャーとなる階段であります。
【右】西の丸にある三重櫓も重要文化財です。

彦根城/西の丸の堀切  彦根城/西の丸 登り石垣
【左】西の丸と出曲輪の間には巨大な堀切が設けられております。
【右】さらにその堀切は両端で登り石垣竪堀に連結され崖下へ消えていきます。

彦根城/玄宮園  彦根城/井伊直弼像
【左】中堀と内堀の間に玄宮園という美しい大名庭園があります。
ここから天守を写すのが定番の構図ですね。
【右】玄宮園の近くにある井伊直弼大老像です。
悲劇の英雄と語られることもあれば,時代遅れの極悪人として語られることもある人物ですが,井伊氏で最も有名であることには違いありません。

彦根城/鉢巻,腰巻石垣
内堀の陸側は,鉢巻石垣(上側)/土塁(中段)/腰巻石垣(下側)を組み合わせた特徴的な累です。関西ではあまり見ることができない構造です。

彦根城/赤備え  彦根城/能舞台

 彦根城/馬屋

【左】写真は彦根城博物館(表御殿)にある赤備えの具足です。
井伊と言えば,この赤備えです。
合戦の中でも一際目立つ赤備えは,狙われることも多い。
しかし,かかってこいや!と強さを見せつけるための気合いの表れで,強さに自信のある軍でなければ出来ないという代物です。
初代の井伊直政は精強な武田の遺臣を多数受け入れた縁もあり,武田信玄騎下の猛将として有名な山県昌景の赤備えにあやかったという話です。他に赤備えといえば,真田幸村が有名ですね。
【右上】博物館内に復元された能舞台です。表御殿のほぼ中心に独立して設けられていました。
【右下】これも重要文化財の馬屋。 城郭内の現存の馬屋は唯一だそうです。

彦根城/馬屋内部  彦根城/中堀と佐和口
【左】中には馬の模型用いて雰囲気だしてます。
【右】内堀より一つ外側で幅の広い中堀と二の丸の佐和口ですが,奥の多門櫓はやはり重要文化財。

彦根城/埋木舎外観  彦根城/埋木舎内鵜
【左】佐和口の近くにある埋木舎(うもれぎのや)。十四男に生まれた,世に出る可能性はほぼ無いと思われた井伊直弼が要衝から青年時代を300俵という捨扶持で過ごしながら文武に勤しんだ場所です。
【右】埋木舎の内部の様子。

彦根城/池田屋敷  彦根城/鈴木屋敷
【左】埋木舎の近くにある池田屋敷長屋門
この辺りは中級武士の暮らす武家屋敷が広がっていました。
【右】もう一つ重要な中級武家屋敷の遺構があります。これは鈴木屋敷長屋門附塀

彦根城/京橋口の雁木  彦根城/善利組足軽屋敷
【左】中堀にあった門の一つ京橋口の枡形雁木です。
車が屈曲している様子がわかりますが,これが枡形という構造で敵を足止めする工夫です。
右側の階段状の石積みが雁木で,大量の兵士を一気に累や櫓の上に移動できるという構造です。
【右】観光客で賑わう夢京橋キャッスルロードや四番町スクエアの南側に広がる,細い道の区画は善利組足軽屋敷群があった場所で,当時の建物と独特の町割りが残されています。

彦根城/善利組足軽屋敷案内  彦根城/辻番所外観
【左】足軽屋敷周辺の案内。
【右】代表的な建物の一つが四つ角(辻)にある旧磯島家住宅,辻番所です。

彦根城/辻番所内部  彦根城/外堀跡
【左】辻番所内部からは二方向が見えるのぞき窓。
【右】元々,彦根城には現在も残っている内堀→中堀の外側にも広大な城域があり,外堀で囲われていたのですが,疫病の伝染を防ぐため戦後,埋立てられてしまいました。町中にその名残を確認することが出来ます。写真は外馬場公園付近の名残。

彦根城/外堀土塁  彦根城/井伊直政公像
【左】これは山の湯という銭湯の裏にある,数少ない現存の外堀土塁です。
【右】知名度で言えば井伊直弼ですが,井伊家にとっての最重要人物は初代 井伊直政で間違いないでしょう。徳川四天王の一人であるこの人の働きが無ければ,その後の彦根の歴史もなかったわけです。写真は彦根駅前にある井伊直政公像です。

彦根城/ひこにゃん
そして,この「ひこにゃん」やはり赤備えの兜を被っております。
知名度が高まる前のこと,何も知らずひこにゃんと聞いてこのキャラを見せられた時,「ひこ」と「赤い兜」で彦根城のキャラと連想できました。表御殿内でひこにゃんショーなるものをやっていて,大変な賑わいを見せていました。私も思わず見てしまいましたが,流石ゆるキャラのパイオニア。果てしなくゆるいショーでした。
そして,今となっては国宝や重要文化財や井伊直弼より彼の方が有名かもしれないなと。。。


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テーマ:史跡
ジャンル:学問・文化・芸術
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