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2016年01月30日 (土) | 編集 |
訪問日:2015年5月

栃尾城(とちおじょう)は新潟県長岡市にあったお城です。
上杉謙信 初陣の城として知られ,堀切等の遺構を良く残すことから県史跡に指定されています。
南北朝時代の14世紀に築城されたと考えられ,戦国時代には越後守護代の長尾氏の所領となっています。有力一族である古志長尾氏の重要拠点として機能し,後に上杉謙信の側近としての活躍が知られることになる本庄実乃(ほんじょうさねより)が城代を任されています。梟雄と言える長尾為景の死後に跡を継いだ長尾晴景は在地領主の反乱を招きました。そこで晴景は林泉寺でに入っていた弟の虎千代を還俗させて栃尾城にいれます。虎千代は長尾景虎(後の上杉謙信)と名乗り,この城で初陣を飾りました。景虎は力量不足であった兄 晴景に代わり長尾家の家督を継ぎ,伝説的な戦国武将となっていくわけです。1578年 上杉謙信の死後に二人の養子の間で勃発した家督争いである御館の乱では城主の本庄秀綱御館を本拠とした上杉三郎景虎の味方をしましたが,春日山城を押さえた上杉景勝側の勝利により栃尾城も落城。越後国が堀氏の所領になった後も有力家臣を配して機能していましたが.1610年の所領没収の際に栃尾城も廃城になりました、

栃尾城/遠景  栃尾城/駐車場
【左】西谷川越しにみる栃尾城の遠景。
【右】今回は車で上がれるところまで上がりました。

栃尾城/パンフレット

入手したパンフレットの案内です。
駐車場は町並みから城山を挟んで裏側にあたる西側にあります。登城道も本丸等がある実城(みじょう)部分と狼火台(狼煙台)等がある尾根曲輪群の間にある谷筋を上ってきます。


栃尾城/登山道  栃尾城/分岐地点
【左】登山道は写真のような感じです,5月ですが既に青々と生い茂っており,山城的には薮化が懸念されるあまり良い状況ではありません。
【右】駐車場からの登山道が行きつく先はこの分岐地点。左が実城方面,右が狼煙台方面の曲輪群。

栃尾城/堀切(中の丸⇔琵琶丸)  栃尾城/琵琶丸切岸
【左】まずは分岐地点から右側の曲輪群に向かいます。現在は曲輪の横を沿うように道が付けられており,写真のように曲輪の間の堀切を横から見ることが出来ます。中の丸とびわ(琵琶)丸の間の堀切
【右】びわ(琵琶)丸切岸。本来なら曲輪上を移動したいのですが,草木が生い茂る中,急な堀切を越えていく気力は流石に無いですね。

栃尾城/堀切(琵琶丸奥)  栃尾城/薮化した道
【左】びわ(琵琶)丸の先にある堀切。深いわけでは無いですが鋭利な断面。
この堀切から崖下へは竪堀が落ちていきます。
【右】ここから日の当たる場所に出た途端,最初の嫌な予感が当たり藪化進行中。しかし,突撃。

栃尾城/狼煙台詰丸  栃尾城/土橋
【左】これは個人的におっと思った曲輪。狼煙台詰郭(のろしだいつめぐるわ)と標柱が立っています。
奥にかなり分厚く高い土塁を確認することが出来ます。
【右】狼煙台詰郭の先にある堀切を越える土橋

栃尾城/堀切(詰めの丸奥)  栃尾城/馬の背のような道
【左】堀切の様子。
【右】ここから狼煙台(狼火台)へは馬の背のような道を進みます。

栃尾城/狼煙台  栃尾城/二の丸
【左】狼煙台(のろしだい)の様子。パンフレットには狼火台(ろうかだい)と書かれています。
【右】元に戻って,分岐地点の左側,中心部である実城(みじょう)部分でも重要な二の丸。数段に削平された曲輪です。

栃尾城/銀銘泉  栃尾城/本丸
【左】二の丸下にある井戸跡。パンフレットによると銀銘泉と呼ばれているようで,山城には欠かせない貴重な水資源であったことでしょう。
【右】こちらが最高所に位置する本丸。草木も刈られ開けています。

栃尾城/眺望  栃尾城/本丸側面
【左】本丸から栃尾の町並み方面の眺望。
【右】今度は町並み方面に少し下りてみます。写真は本丸切岸
もちろん自然地形も生かしているでしょうが,それにしても高く圧巻の壁です。

栃尾城/金銘泉  栃尾城/千人溜り
【左】表側の登山道にある金銘泉と呼ばれる水の手です。
【右】結局かなり下まで下りてきました。こんなことなら車で上がらず表から登ったら良かったと思いつつ・・・
山麓に近づくとかなり広いスペースの千人溜り馬責め場と呼ばれる曲輪があります。土塁や山頂部から下りてきている大竪堀もあるのですが,草木で確認しずらい状況でした。

栃尾城/松の丸  栃尾城/大堀切
【左】もう一度,登り直して最初の分岐地点の辺りの公衆トイレ横から,本丸の背後を経由して北側の曲輪群に向かいます。写真は松の丸と呼ばれる曲輪。
【右】見所の一つは松の丸と三の丸の間にある大堀切。これが竪堀となって千人溜りや馬責め場まで下って行っているのです。

栃尾城/三の丸  栃尾城/堀切(三の丸⇔五島丸)
【左】こちらが三の丸の様子。
【右】手前の小さ目の堀切の向こうには五島丸があります。

栃尾城/蛙  栃尾城/諏訪神社
【左】ちょっと休憩。
【右】麓まで下りてきました。本来は写真の諏訪神社から登るのが王道の登山道のようです。

栃尾城/町並み  栃尾城/謙信公像
【左】栃尾の町並み。両側に雁木が続く雪国ならではの風景が中々良い雰囲気です。
【右】秋葉公園にある謙信公銅像。個人的には謙信や三郎景虎とともに活躍した本庄氏のお城なのですが,やはりこの町は謙信推しですね,麓の酒蔵にも景虎っていう名前のお酒がありましたし。って実乃や秀綱では売れないか。

伝説的な強さで名高い上杉謙信の輝かしい戦歴はこのお城から始まったと言われています。
戦国時代好きならば訪れるべきでしょう。巨大な堀切や切岸が印象的なお城でした。


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テーマ:史跡
ジャンル:学問・文化・芸術
コメント
この記事へのコメント
何がすごいって、奥さんも普通に藪を進んでるとこが…

栃尾の堀切は城友から話を聞いたことがあるんですが、やはりいい感じですね。
名物の油揚げは食べました?^^
2016/02/02(Tue) 21:40 | URL  | 落人 #-[ 編集]
Re: タイトルなし
> 何がすごいって、奥さんも普通に藪を進んでるとこが…
ここまで来たら行けるところまで進むしかないでしょ。
決してWelcomeではないようです。

> 名物の油揚げは食べました?^^
もちろん。油揚げ屋さんで食べました。
2016/02/04(Thu) 00:00 | URL  | こにる #-[ 編集]
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皆さんこんばんは。今回は「合戦における戦術について」シリーズの第5弾ということで「栃尾城の合戦」について書きます。『歴史と旅』増刊「日本合戦総覧(昭和63年1/10臨時増刊、秋田書店)」の花ヶ前盛明氏の記事を参考にしています。参考第1弾 勝弦峠の合戦第2弾 戸石城
2019/01/10(Thu) 20:04:14 |  Coffee, Cigarettes & Music