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2017年11月11日 (土) | 編集 |
訪問日:2017年1月

勝賀城は香川県高松市あったお城です。
1221年 承久の乱で功のあった香西資村(こうざいすけむら)が本拠地である佐料城の詰め城として標高364mの勝賀山に築いたとされます。室町時代から戦国時代前期にかけ讃岐の守護大名であった細川氏の重臣として勢力を伸ばしましたが,1575年の長宗我部元親の侵攻に備え香西佳清(こうざいよしきよ)本拠地を藤尾城へ移し,最終的には1585年の羽柴秀吉の四国征伐で降伏し廃城となっていったようです。中世山城の遺構を良く残し市史跡に指定されています。

勝賀城/01遠景  勝賀城/02分岐
【左】麓から見る勝賀城の遠景。
【右】標高も比高も高い城ですが,車でかなり上まで上がることができます。
途中の分岐地点を上に向かいます。

勝賀城/03案内  勝賀城/登り口
【左】分岐地点にあった案内板。
【右】この登り口の手前スペースに車を置きました。

勝賀城/勝賀城  勝賀城/06猫びたい
【左】登り口からは整備されている登山であるもののかなり急な登山道を30分程登ることになります。
【右】途中にあった猫びたいの標柱。猫の額のように狭い場所ということでしょう。

勝賀城/07猫の背  勝賀城/08馬返し
【左】猫の背。尾根筋の両側が制限された道を進みます。
【右】馬がえし。これは意味がわかる!馬がひっくり返るくらいの急斜面です。

勝賀城.縄張り図
現地の案内板より。面積の広い本丸から東側に二の丸、三の丸と展開しそれぞれが土塁で守られており,この土塁の残存状態が良であるのがこの城の特徴となっています。

勝賀城/  勝賀城/10本丸南土塁
【左】案内板でいうと南西(左)側に取りつきました。この辺りから城域の中心部。
虎口らしき開口部があるのですが,一直線に本丸に向かいますので,後世の改変が入っているのかもしれません,左右の帯曲輪状のスペースのどちらかを通って回り込むというのがしっくりくる経路です。
【右】ということで南側の通路を取ると左手に本丸の土塁を見ながら進むことになります。

勝賀城/11本丸虎口  勝賀城/12大手筋
【左】本丸の南東側に開いた虎口。案内板では本丸木戸とあります。
【右】振り返ると案内板で大手門の書かれている方面になります。南側のこの道を進むと,進路を東に向き変え三の丸を通って外郭方面へ抜けます。本来の大手筋は西側ではなく東側からの経路であったようですね。

勝賀城/14本丸  勝賀城/15本丸土塁
【左】虎口より見る本丸内部の様子。案内板などもここにあります。
【右】幅広で立派な本丸土塁。折れの伴う部分も確認することができます。

勝賀城/16本丸北土塁  勝賀城/17二の丸への虎口
【左】引き続き本丸土塁。ブルーシートが見えますが発掘調査が行われているようです。
【右】本丸から北東側の二の丸へ開く虎口。目隠しのよう土塁も確認できます。

勝賀城/18二の丸石垣  勝賀城/19二の丸
【左】二の丸と本丸の間が通路状になっているのが,その付近側面の石垣
【右】二の丸の様子。

勝賀城/20二の丸北土塁  勝賀城/22空堀
【左】二の丸の土塁も立派ですが,崩れているものの石垣による補強もなされていたことが見て取れます。
【右】二の丸北東側の空堀

勝賀城/21二の丸北帯曲輪  勝賀城/22帯曲輪
【左】二の丸から本丸を北回りで回り込む帯曲輪に向かいますが石がゴロゴロ。
【右】帯曲輪の外側にも土塁が築かれており,空堀状の通路になっているようです。

勝賀城/23三の丸 勝賀城/24三の丸土塁
【左】二の丸の南東側に築かれた三の丸の整備状況はあまり良くありませんでした。
【右】しかしながらさんのまるでも写真のような土塁を確認することができます。

勝賀城/24三の丸堀  勝賀城/25三の丸石垣
【左】先述の二の丸空堀からの延長性上が三の丸の空堀となっています。
【右】三の丸でも石垣を確認することができました。

良く残る土塁からも香西氏の最も有力な軍事拠点と思わせるだけの城でした。
歴史的に詳細に語られていないですが,本拠地を守るために活躍したことでしょう。


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