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2019年06月15日 (土) | 編集 |
訪問日:2017年5月

小浜城は福井県小浜市にあったお城です。
雲浜城(うんぴんじょう)とも呼ばれ県史跡に指定されています。
1600年 関ヶ原の戦いで大津城を守り功を認められた京極高次後瀬山城に入ったが不便な山城に代えて小浜湾を押さえるこの地に1601年より築城に着手しました。
1634年 京極氏2代目の京極忠高松江城に移封となった後は徳川譜代で老中・大老も務めた酒井忠勝が入りました。天守も含めた城の完成は忠勝の時代の1635年のことでした。
その後,代々酒井氏が明治維新までこの地を治めることになりました。

小浜城/01小浜神社.jpg  小浜城/02内部.jpg
●現在は本丸のみが小浜神社として残されています。
小浜神社には明治時代まで当主であった酒井氏の藩祖に当たる酒井忠勝が祀られています。
本丸内部の様子。

小浜城/案内図
案内図を見ますと三角州に築かれた小浜城は現在も流れる北川,多田川,南川を外堀として活用していたことがわかります。
本丸以外は宅地化により消滅していますが,城域は現在の国道162号線より東側にまで及んでいました。

小浜城/03古呂美橋の石.jpg  小浜城/04天守入口.jpg
●本丸内部にある古呂美橋(ころびばし)の石嘉門の井戸
井戸の前の大きく平たい巨石は元々城下の橋にあった石を移築したもと言われます。
また,京極忠高は大変な相撲好きで召し抱えていた力士達がこの井戸で水浴びでしたとか。
●南西隅に設けられた天守台の入口です。

小浜城/05天守上.jpg  小浜城/06虎口.jpg
●天守台の上に上りました。明治の廃城令まで三重の天守が建っていました。
●天守台横に開いた虎口。ここから西の丸へ抜けることが出来たようです。

小浜城/07天主台外.jpg  小浜城/08西櫓跡.jpg
天守台を外から見ています。
●こちらは天守台の北側にある西櫓跡。石垣の構造は天守台より古いそうです。

小浜城/09遠景西面.jpg  小浜城/10家紋.jpg
●本丸西面の遠景です。案内図からもわかるように,当時はこの手前にが広がっていました。
●西面の石垣を見ていると刻印のようなものを見つけることが出来ました。

小浜城/11翳櫓跡.jpg  小浜城/12翳櫓跡外.jpg
●本丸の北側にあった翳櫓跡(かざしやぐら)です。当時は二重の櫓がありました。
翳櫓跡の上部の様子です。

小浜城/13南面.jpg  小浜城/14旧順造館正門.jpg
●南面は家が迫っていますが,奥の石垣が切れるあたりから右手へ大手橋が伸びていたようです。
●城下に残る旧順造館正門
小浜藩校であった順造館の正門として建てられましたが1980年に現在の場所に移築され市指定文化財となっています。

小浜城/多田寺  小浜城/書院玄関
●市内にある多田寺は孝謙天皇の勅願によって建てられたという長い歴史を持ち日本三大薬師にも数えられる名刹です。
●多田寺には小浜城の書院玄関を移築したと言われる建物があります。ついでに寄ってみましょう。

京極高次は名門に生まれながら不遇な時代を過ごした挙句,周囲からは閨閥で出世したと思われていおり蛍大名とも揶揄されたそうですが,関ヶ原の戦いでは立花宗茂らの精鋭を食止めたという意味では功労者の一人です。
その甲斐あってか,家康の信任を得て若狭一国の当主まで返咲くことができたわけですね。


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テーマ:史跡
ジャンル:学問・文化・芸術
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