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2019年06月22日 (土) | 編集 |
訪問日:2017年5月

後瀬山城(のちせやまじょう)は福井県小浜市にあったお城です。
中世を通じて若狭国の中心であったこのお城は国史跡に指定されています。
1522年 若狭守護であった武田元光により,山上の城郭と山麓には大規模な守護所が築かれ,以後 若狭守護 武田氏の本拠地として機能しました。
戦国末期 武田元明が守護であった頃には内部抗争や重臣達の離反により武田氏は衰退していきます。
1568年には越前より朝倉義景が侵攻し元明を越前に拉致するという事態に及び,若狭は実質朝倉氏の支配となりました。
朝倉氏が滅亡すると1574年には織田信長旗下である丹羽長秀の所領となり,大規模な城郭へと回収されて行きました。豊臣政権下では浅野長吉,木下勝俊が城主となりますが,1600年の関ヶ原の戦いの後に京極高次の城となりました。高次は小浜城築城を始め機能を移していき,小浜城が完成する酒井忠勝時代には廃城となったようです。

後瀬山城/01遠景.jpg  後瀬山城/02守護居館跡.jpg
●後瀬山城の北側の山麓より。
現在,空印寺となっている付近は若狭守護 武田氏の守護館が築かれた場所です。
京極時代に至るまで,実際の政庁であり居住空間でありました。
●空印寺の前は空き地になっており,これから発掘か整備を始めそうな雰囲気です。
現在道路となっている部分は当時はがあったことがわかっています。

後瀬山城/案内
現地の案内図です。左が北方面となっています。
守護館が後瀬山の詰城に抱かれるように築かれていたことが分かります。
当時の大手筋はこちらからであったようですが,現在の登山道入り口(青色矢印)は山を回り込んだ東側にあります。

後瀬山城/03八幡神社.jpg  後瀬山城/04登城口.jpg
●縄張図を見ると,空印寺の向かって左隣にある八幡神社から登れそうな雰囲気でしたので,訪れて見ました。
本来こちらが大手側のはずなのですが案内も無く,どこが入口かわかりません。これは少し難しそうです。
●結局,遊歩道整備されている入口に回ってきました。
山頂にある愛宕神社の入口となり,車を置くこともできます。

後瀬山城/05登山道.jpg  後瀬山城/06最初の曲輪群.jpg
●登山道はかなり急な傾斜を登っていきます。
●最初の曲輪群が現れる辺りで,八幡神社を示す行先表示と分岐がありましたので,やはり道が繋がっているのだろうか。後で行ってみましょう。

後瀬山城/07切岸.jpg  後瀬山城/08段状曲輪.jpg
●登山道の横をいくつかの小曲輪切岸によって区分けされ階段状に続いています。
●上から見ると階段状になっていることが分かります。

後瀬山城/09複雑な形状の曲輪.jpg  後瀬山城/10堀切土橋.jpg
●途中にある複雑に入り組んだ曲輪枡形虎口の名残のように見受けられます。
●次に現れるのが堀切を渡す土橋です。

後瀬山城/11主郭手前の曲輪.jpg  後瀬山城/12主郭への石段.jpg
●主郭前の曲輪に到着。
●ここから主郭に続く石段。奥には石垣も見えます。

後瀬山城/13主郭石垣.jpg  後瀬山城/14主郭愛宕社.jpg
主郭虎口付近の石垣です。
●主郭にある愛宕神社は京極高次の妻 常高院による勧請だそうです。

後瀬山城/15主郭内側の石垣.jpg  後瀬山城/16主郭外周石垣.jpg
●主郭の内側は神社の遺構かもしれませんが石垣で固められています。
●主郭の外側はかなり崩落しているものの多くの石垣が残っています。

後瀬山城/堀切(本丸二の丸)  後瀬山城/17山上御殿.jpg
●本丸の南西側にある山上御殿の間の幅の広い堀切
二の丸とも言われる山上御殿です。

後瀬山城/18山上御殿土塁.jpg  後瀬山城/19北西尾根へ.jpg
●山上御殿に残された土塁
●今度は北西尾根に向かいます。

後瀬山城/20竪堀.jpg  後瀬山城/21畝堀.jpg
●この北西尾根は竪堀が多く残ります。
●写真ではわかりにくいですが畝状竪堀もあります。

後瀬山城/22八幡神社へ土橋.jpg  後瀬山城/八幡側堀切
●最初の方に戻りまして,行きにパスした八幡神社方面の尾根に進みますと堀切を渡す土橋が見えてきました。
●大分浅くなっていますが堀切です。

後瀬山城/23小曲輪.jpg  後瀬山城/24八幡側先端.jpg
●八幡神社方面はこのように階段状の小曲輪が続きます。
●この曲輪は突端になると思います。 車を遊歩道側に置いていますので,ここで引き返しました。

若狭守護の武田氏というと甲斐の武田氏と違って地味な印象ですが,良港をもつ小浜に築いた後瀬山城を本拠地に一時期は丹後にも勢力を伸ばす程拡大しました。その後の丹羽長秀も改修による織豊系城郭の石垣も残り,見所の多い若狭国を代表する城郭に間違いないでしょう。


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テーマ:史跡
ジャンル:学問・文化・芸術
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