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2019年09月21日 (土) | 編集 |
訪問日:2017年5月

吉良城は高知県高知市にあったお城です。
市史跡に指定されています。
築城時期は不明ですが,土佐七雄の一つであった吉良氏代々の居城として知られています。
戦国時代には1540年に朝倉城を築いて土佐平野中心部に進出してきた本山氏の圧迫を受けます。
当主であった吉良宣直本山茂辰の奇襲により命を落とし吉良城も落城しました。
その後,本山氏自体が長宗我部氏の攻勢により朝倉城を破棄して本山城に撤退したことから,この城は長宗我部元親の長弟である親貞が吉良氏の名跡を継ぐ形で吉良親貞として城主となりました。親貞は主に軍事面で兄 元親を支えた武将でしたが,若くして亡くなり子の吉良親実が継ぎました。
親実が元親の相続問題で切腹した後に元親の子である長宗我部盛親のものとなりましたが,間もなく廃城となりました。

吉良城/01遠景.jpg  吉良城/02登リ口.jpg
●約110mの山に築かれた吉良城の遠景。
●南西側の道沿いに案内板と入口を示す看板がありました。

吉良城/03案内.jpg  吉良城/25吉良邸.jpg
●これは酷い。縄張りだと思うのですが,全く何が描かれているかわかりません。
吉良氏邸があったとされる谷を進みます。

吉良城/05入口.jpg  吉良城/04登山道.jpg
●道標に従って奥に進んでいきます。
●この場所から一気に標高を上げていきます。非常に急勾配のため枯葉で足が滑ります,気をつけましょう。

吉良城/26案内2.JPG
登山道の途中にあった案内。雑ですが入口の案内よりはマシですね。
大きくは南ノ段と書かれた南峰北ノ段と書かれた北峰に分かれており,その間に堀切が描かれており,北ノ段の奥側にも堀切があります。
実際にはこの他に西に伸びた尾根に築かれた曲輪群もあります。

吉良城/07木の橋.jpg  吉良城/10腰曲輪.jpg
●案内にもある登山道途中の木の橋です。
●南峰(南ノ段)の腰曲輪に取りつきました。

吉良城/08南峰.jpg  吉良城/09大穴.jpg
南峰(南ノ段)の主郭部です。
●この場所の大穴は戦時中に掘られたもののようです。

吉良城/11西の段.jpg  吉良城/12西の段竪堀.jpg
●南峰の西側の尾根には階段状の曲輪が3段展開されています。
●西端には竪堀を何本か確認することができます。

吉良城/13南峰北の段.jpg  吉良城/14竹の橋.jpg
●南峰の北側の曲輪です。この先の堀切を渡ると北峰です。
●これがその堀切を渡す橋です。

吉良城/15堀切と竹の橋.jpg  吉良城/16北嶺詰切岸.jpg
●巨大な堀切と手作り感満載竹の橋がこの城の象徴的な光景ではないでしょうか。
●北峰の南の曲輪に取りつきました。奥は主郭部の切岸です。

吉良城/17詰石垣.jpg   吉良城/19北詰.jpg
●北峰では石垣を見ることが出来ます。
主郭(詰の段)です。

吉良城/18詰土塁.jpg  吉良城/20北の段.jpg
●詰の段に残る土塁です。
●北峰の北側の曲輪です。

吉良城/21北堀切.jpg  吉良城/22北堀切2.jpg
●北峰の北側には大規模な堀切竪堀が数多く残っており一見の価値ありです。
●かなり,無理して下りてみましたがこれは凄い。

吉良城/23北竪堀.jpg  吉良城/24北堀切3.jpg
●これは竪堀の一つ。
●何本もの巨大で鋭い堀切は壮観です。

土佐七雄の吉良氏も重要ですが,やはり長宗我部元親の初期を支えた親貞の城ということで,歴史的にも是非とも行きたかったのですが,遺構も圧巻の堀切が数多く残る城でした。


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ジャンル:学問・文化・芸術
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