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2020年06月27日 (土) | 編集 |
訪問日:2018年6月

菅谷館(すがややかた)は埼玉県比企郡嵐山町にあったお城です。
比企城館跡群の一つとして国史跡に指定され続日本100名城にも選ばれています。
菅谷館の歴史は古く鎌倉時代の1187年に有力御家人であり名将として名高い畠山重忠が館としていたという記録が吾妻鏡に現れます。後に北条義時等と対立し畠山重忠の乱として知られる乱に発展しますが, 1205年 この館より重忠は出陣し討死(または自害)し滅亡したと伝わります。
戦国時代の15世紀後半になりますと,関東管領の両上杉氏(山内上杉氏と扇谷上杉氏)の争いの場になり山内上杉氏の拠点として機能しました。現在に見える遺構の多くは山内上杉氏時代に築かれたものと考えられています。
1546年 河越城をめぐって山内上杉氏後北条氏の間で勃発した河越城の戦い後は勝利を収めた後北条氏の勢力圏となり、後北条氏の城として機能しました。

菅谷館/01搦手門と土橋.jpg  菅谷館/02二重土塁と泥田堀.jpg
◆国道254号線沿いにある菅谷館や史跡の博物館の入口が搦手門跡になります。
左右の土塁が喰い違い土橋で渡していました。
搦手門は国道側の土塁と城内側の土塁の二重土塁に守られその間は,国道の場所にも泥田堀があり外堀の役割を果たしていました。

菅谷館/縄張図.jpeg
博物館で入手したパンフレットの縄張図です。北側の⑥の搦手門跡から入ってきました。

菅谷館/03搦手内側.jpg  菅谷館/04史跡の博物館.jpg
◆搦手門跡の内側。土塁の開口部が虎口になっていることがわかります。
◆搦手門の内側の三ノ郭は広大で城の外側は土塁が築かれ,現在はその中に埼玉県立嵐山史跡の博物館が建っています。博物館では菅谷館や比企城館跡群の資料を見ることができます。

菅谷館/05畠山重忠の五輪の塔.jpg  菅谷館/06三ノ郭土塁.jpg
◆博物館には畠山重忠の墓と伝わる五輪塔が展示されていました。
三ノ郭に築かれた北側の土塁

菅谷館/07三ノ郭.jpg  菅谷館/08蔀土塁.jpg
三ノ郭の中でも森になっている西側半分に進んでいきます。土塁が見えます。
◆西ノ郭方面に向かう正坫門跡(しょうてんもん)の手前にあるのが蔀土塁(しとみどるい)。西ノ郭から三ノ郭を見通すことができないようにする工夫です。

菅谷館/09正坫門.jpg  菅谷館/10正坫門堀.jpg
◆西ノ郭から三ノ郭の出入り口となる正坫門跡。曲輪の間には堀が築かれ木橋が架けられていました。
◆三ノ郭と西ノ郭の間にある。結構深い。

菅谷館/11正坫門木橋.jpg  菅谷館/12西ノ郭土塁.jpg
◆復元された正坫門の木橋
西ノ郭にも長大な土塁が残っています。

菅谷館/13西ノ郭外堀.jpg   菅谷館/14西ノ郭.jpg
◆西ノ郭の土塁の外側には城を取巻くが残っています。写真は北側の堀。
西ノ郭全体の様子。

菅谷館/15大手虎口.jpg  菅谷館/16三ノ郭虎口付近の堀.jpg
◆西ノ郭の南西端に残る切れ込みは大手門跡と伝わる虎口だそうです。
三ノ郭に戻ってきて南側 二ノ郭との間にあるです。
二ノ郭に渡る虎口付近の堀は屈曲しており横矢が掛かっています。

菅谷館/17三の丸南虎口.jpg  菅谷館/18三の丸から二の丸虎口の土塁.jpg
三ノ郭南虎口外枡形虎口になっており木橋二ノ郭へ渡していたようです。
三ノ郭南虎口そばの土塁は幅広で高く虎口を守る櫓のような施設があったように思います。

菅谷館/19三の丸建物跡.jpg  菅谷館/20二ノ郭.jpg
◆博物館の裏側で発掘された三ノ郭建物跡井戸跡
◆現在は二ノ郭へは整備された道路が付けられていますが,当時の物ではありません。手前には元々がありました。

菅谷館/21二の郭堀.jpg  菅谷館/26広大な二の郭.jpg
三ノ郭二ノ郭の間のは道路になっていましたが,東外側を流れるに接続していました。
二ノ郭も面積の広い曲輪です。

菅谷館/22二の郭櫓台.jpg  菅谷館/25畠山重忠像.jpg
◆二ノ郭の高い土塁虎口を守る櫓台のようなものかと思います。
◆櫓台の上に立つ畠山重忠像

菅谷館/27二の郭北虎口.jpg  菅谷館/二の郭東虎口.JPG
二ノ郭北虎口。ここから木橋で三ノ郭に堀を渡していました。
◆二ノ郭にはもう一つ東虎口があります。

菅谷館/24二の郭空堀道.jpg  菅谷館/28出枡形と本郭土橋.jpg
◆東虎口の外側には三ノ郭とを結ぶ空堀道がありました。
二ノ郭から本郭北虎口に向かう土橋(矢印)。
その前の堀には本郭より突き出ている土塁は横矢を掛ける攻撃地点となって出枡形土塁と呼ばれています。

菅谷館/29出枡形土塁.jpg  菅谷館/30二の郭土塁.jpg
◆本丸から突き出る出枡形土塁によりが屈曲しています。
二ノ郭の北面から西面にかけて築かれた土塁

菅谷館/31南郭.jpg  菅谷館/32南郭水の手虎口.jpg
◆二ノ郭から南西に回り込みますと南郭があります。
南郭の南西端に残る水の手虎口です。

菅谷館/33南郭の南.jpg  菅谷館/34本郭南堀.jpg
◆本郭の南側にある南郭を進みます。
◆南郭と本郭の間にある

菅谷館/36本郭土塁.jpg  菅谷館/35生門跡.jpg
本郭も堀のある南辺以外は土塁で囲まれています。
◆本郭の東虎口にあたる生門跡

菅谷館/37本郭北虎口.jpg  菅谷館/38本郭高土塁.jpg
本郭北虎口を出ると土橋を渡り二ノ郭に戻ります。
◆虎口付近の土塁は非常に高さがあります。

平城である巨大な中世城館跡がこれほど残っているのは非常に貴重で,名将 畠山重忠所縁の地ということで歴史的にも一見の価値ありです。


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